「葉隠」哲学の裏表

「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」の一節が有名な山本常朝の「葉隠聞書(ききがき)」、略して「葉隠」は、今から35年前(昭和45年)に市ヶ谷の自衛隊本部で割腹自殺した三島由紀夫の「こころの書」だったらしい。 三島自決の3年前に三島が書き残した「葉隠入門」は現代の武士たちと時折比喩されるサラリーマンや企業人にとっての人生の哲学書とか道徳書として、今でも広く読まれているという。 「葉隠」を象徴する冒頭の一節がひと際強烈な印象を与えるだけに、しかも、常朝の「葉隠聞書」に心酔し、「葉隠入門」を書き残した三島の自決というショッキングな事件が鮮烈ゆえに、常朝の「葉隠」の思想そのものが、無謀な死を美化したり、何だかアブナイ思想が盛り込まれているかのような短絡した誤解を想起させてしまうのかもしれない?

だけど、常朝の「葉隠」をじっくり読んでみれば、ナルホドと思わせる身近な日常の教訓として、相変わらず先人の教えを学んでいない今のアタシ達の社会でも見事に通じる心構えが、たくさんたくさん書き残されていて、必見の書のひとつだろう・・とアタシは思うんだけどな! 

今、流行のニートとか言われてる人たちにも読んでもらいたいな~

昨日はその中の一文を手前勝手に記事にしてみたけれど「死ぬ事と見付けたり」という象徴的な思想とは一味違った快楽思想の一文も多くみられるんだわ。 アタシにはどちらかといえばそうした常朝の夢想と揶揄される快楽主義的な「言の葉」は、実は「生きる力を与えること」が、前提にあるような気がして、えらく共感しちゃうんだけどね。 

「葉隠」を読む人の読み方次第で、薬にも毒にもなっちゃうのかな? 
三島由紀夫がもう少しだけ長く生きて今の世の中を眺めていたら、同じ道を選んだろうか? 



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(透明人間になれるならば、それもいいんだけどな~~。 でもそれは無理よ!)

人間一生誠に讒(わづか)の事なり。 好いた事をして暮らすべきなり。
夢の間の世の中に、
好かぬ事して苦を見て暮らすは愚かなることなり。
この事は、悪しく聞いては害になる事ゆえ、若き衆などへ終に語らぬ奥の手なり。
我は寝る事が好きなり。 
今の境界相応に、いよいよ禁足して、寝て暮らすべしと思ふなり。

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とは云うものの、一生ニートじゃ~寂しすぎるんでないかい!!
(from a brush with hong kong by Dave Parker @1990)

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Commented by fussyvet at 2005-06-07 09:00
ニートと呼ばれる人の中には鬱病の人もかなりいるんじゃないかと思います。頑張っても希望が持てず、絶望していくような…。ちょうど葉隠について先日彼と話していました。私はよく知らないのですが、極端な思想とか何とかいう話だったと思います。でも、太字で抜粋された部分はいいですね。好きな感じ。
Commented by tetsuyak04 at 2005-06-07 15:12
鬱病そのものが現代病といって片付けてしまえるような単純な問題ではないようですね。 
実際苦しんでおられる本人や近親者にとっては語りつくせない切実な状況なのでしょう。 
原因も症状もそれこそ千差万別のようですし。 自分になにができるかな・・・? 
「葉隠」ね、記事にも書きましたが、「武士道といふは、死ぬ事と見付けたり」という象徴的な文句が一人歩きしてしまって、アブナイ思想と焼き付けられてるんでしょうね。 
「宗教」という言葉に「嫌悪感」をいだくように・・。 自分にとって納得のいく言葉や思想の取捨選択の作業は云うまでもなく不可欠ですね。 そうしてアタシというひとりの人間性が出来上がります。 哀しいかな、まだまだ欠陥だらけですけど。
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by tetsuyak04 | 2005-06-07 04:41 | 映画・音楽・本のこと | Comments(2)

香港発の路地裏放浪記! 本能と信仰を礎に地味な生き方しています。


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