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本気

週一度だけの武道場での合気道稽古
楽しくて…愉しくて
だんだん本気になってきた

もっともっと稽古がしたい、だが
金も無い、場所も無い
欲も無く、見栄も無く
ただ静かに笑って無心に打ち込む時間が欲しい

野外に見つけた無償の稽古場
ここは香港、ビクトリアパーク

街の明かりや月光の真下で
木々の鋭気や風を感じて宇宙と一体になれる場所
ここは野外の稽古場

これでいい
ここがいい

ここで流す汗の数だけ、心もからだも洗われるから

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by tetsuyak04 | 2004-10-24 15:32 | 武道・合気道・心の稽古 | Comments(2)

新しい門出

貧しいことが善でもありません
豊かなことが悪でもありません
貧富にかかわらず貪欲の心が起こるとき
ひとは美しい心を失ってしまうのかもしれません

そんなことに気付いて今
アタシ
新しい領域に足を踏み込み始めました

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by tetsuyak04 | 2004-10-20 15:06 | 徒然なるままに戯言を | Comments(2)

雨ニモ負ケズ

心に残る祈り

詩人で童話作家、宮沢賢治の代表作「雨ニモマケズ」のモデルではないかと言われるキリスト教伝道者、斎藤宗次郎(1877~1968)の自叙伝が来春、岩波書店から出版されるという。b0027290_14554628.jpg
宗次郎は新聞配達業に励みつつ、出会った人々の悩みに耳を傾け、地域の人たちから慕われた。日記には賢治との交流が克明に記録されている。

宗次郎は岩手県花巻市に生まれ、地元の小学校教諭となった。
無教会主義キリスト教者の内村鑑三に影響され、23歳でキリスト教に入信。が、小学校で聖書や鑑三の日露非戦論を教え、退職に追い込まれる。約20年間の新聞配達業の後、1926年に上京。鑑三の弟子として伝道を手伝い、その最期をみとった。

自叙伝は「二荊(にけい)自叙伝」と題され、B4判原稿用紙約1万枚に及ぶ。
二荊とは、荊(いばら)の冠をつけて十字架にかけられたキリストに続き、自分も苦難を引き受けるという意味である。

宗次郎は新聞配達を「天職」と感じていた。「人々の心も察せられる。此世の状態を知り得らるる」と書く。

朝3時に起き、雨の日も風の日も、6、7貫(1貫は3.75キロ)もある大風呂敷を背負い、駆け足で配達に回る。
配達や集金の際には、病人を見舞い、道ばたで遊ぶ子供たちに菓子を分けた。相談にも誠実に応えた。
当初はキリスト教信者だからと、石を投げられるなど迫害を受けたが次第に人々の信頼を集めた。
「花巻のトルストイ」と呼ぶ人もいた。
配達業をやめて上京する時は、駅に名士や住民200人以上が見送りに駆けつけたという。

こんな姿が「雨ニモマケズ」のモデルでは、と言われるゆえんとなった。



雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ

慾ハナク
決シテ瞋ラズ
イツモシヅカニワラツテヰル

一日ニ玄米四合ト
味噌ト少シノ野菜ヲタベ

アラユルコトヲ
ジブンヲカンジヨウニ入レズニ
ヨクミキキシワカリ
ソシテワスレズ

野原ノ松ノ林ノ陰ノ
小サナ萱ブキノ小屋ニヰテ

東ニ病気ノコドモアレバ
行ツテ看病シテヤリ

西ニツカレタ母アレバ
行ツテソノ稲ノ束ヲ負ヒ

南ニ死ニサウナ人アレバ
行ツテコハガラナクテモイヽトイヒ

北ニケンクワヤソシヨウガアレバ
ツマラナイカラヤメロトイヒ

ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ

ミンナニデクノボウトヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ

サウイフモノニ
ワタシハ
ナリタイ




 
そういうものに
わたしも

なりたい


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by tetsuyak04 | 2004-10-19 14:50 | 聖書・信仰・祈りの世界 | Comments(0)

いのち短し

悩むことは多々ありますが
シンプルに考えることにしました
できるだけ自然体でいて周りと接することにしました

いつでも自然体で力を抜いてあるがままの自分でいれば
気持ちがストンと楽になりますから

今日 自分を解放します

人生 ただでさえ悩むことが多いのだから
くだらないことで悩まない

そう決めました


いのち短し 恋せよ乙女
朱き唇 褪せぬ間に
熱き血潮の 冷えぬ間に
明日の月日は ないものを

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by tetsuyak04 | 2004-10-03 14:41 | 徒然なるままに戯言を | Comments(0)