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「漫画」 の持つチカラ

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日本漫画家大全 「水木しげる」 の珠玉の民話集14話を読んだ。

・妖花アラウネ
・原始さん
・福の神
・風の神
・妖精
・かげおんな
・雨女
・ねこ忍
・河童
・河童膏
・鳥かご
・よみのくに
・影女
・群衆の中に

水木しげると手塚治虫は共に日本の戦後漫画の黎明期から活躍しているが
そこには愛や正義や社会風刺やサスペンスなど、
ごく日常の不思議や疑問や理想がいっぱい散りばめられている。

漫画は日本が世界に誇る文化だとも云われているが、
いい年こいた大人が見るもんじゃねぇ! との声も聞こえてきそうだ。

だけどね、

右脳と左脳だけが発達して前頭葉が未成熟な輩が蔓延すると、国も社会も劣化するらしいよ。

家庭教育、学校教育、社会教育に欠損しているのは、“徳育*” かもしれない? (Excite)
そんな風に思いながら、「漫画の持つチカラ」 に感嘆しているアタシです。

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 徳育 とは 「徳」 つまり、人間にとって大切なもの、人間にとって価値あるものを教えることですね。 
社会生活の秩序を保つために一人ひとりが守るべき行為の基準・美しいもの、純粋なもの、崇高なものを
見たり聞いたりして、素直に感動する豊かな心を身につける教育のことだと云われています。







それにしても、「水木しげる」の経歴は、とても漫画的である。
Wikipedia-「水木しげる」 によると、


・1922年大阪で会社勤めをしていた父・武良亮一 母・琴江の次男として生まれた。
実家は鳥取県境港市入船町にあり、武良家は江戸時代、「武良惣平商店」という裕福な廻船問屋であったという。 父親の亮一は早稲田大学卒業後大阪で会社員となったが後に境港に帰郷し銀行員、保険会社の社員となる。

・恵まれた環境に育つが勉強はできるほうではなく、両親は小学校入学を一年遅らせる

自身で認める超マイペース振りからまともに学校へ行かず、たいてい2時間目くらいの時間から登校

・高等小学校卒業後、大阪の石版印刷会社に勤めるも2ヶ月でクビになった。

・絵の勉強をしようと思い立ち精華美術学校に入るが中退

・東京美術学校(現在の東京芸術大学)の受験資格を得るため大阪府立園芸高校を受験する が失敗

・新聞販売店に住み込み工業学校の採鉱科を受け合格したが半年で退学になる。

・新聞販売店を辞め中之島洋画研究所に通いデッサンを集中的に学ぶ。


・やがて太平洋戦争中に召集令状が出され、第17師団に入営する。

・その後激戦地だったニューブリテン島ラバウルへ出征する(当時21歳)。

・乗船したのは信濃丸、日本海海戦で 「敵艦見ユ」 を打電した老朽船であった。

・ラバウルへ向かう途中敵潜水艦に襲われたものの、間一髪魚雷を避け、上陸する。
 この時体験したジャングルがその後の漫画に影響を与えた。

・ところが、所属する部隊(ズンゲン支隊)が事実上壊滅し、本人はマラリアを発症してしまう。

・さらに、その療養中に敵機の爆撃を受け左腕に重傷を負う。

・そして軍医によって麻酔のない左腕切断手術を受けた。

・九死に一生を得て終戦を迎え、駆逐艦雪風で日本本土へと復員。

・その後、武蔵野美術学校(現在の武蔵野美術大学)に入学をするも、
 東北に復員兵救済募金の旅行などをしているうちに中退



・魚屋などの業種を経て、貸家経営をしつつ紙芝居作家として作品を描く。

・ペンネームの 「水木しげる」 は、紙芝居時代に彼が営んでいた神戸市水木通に因んで、
関係者が付けた通称による。

・しかし貸本漫画が流行し紙芝居が廃れたことから、上京し貸本漫画家に転身。

・長い貸本作家としての活動を経て、1964年、雑誌 『ガロ』 創刊号で漫画家として雑誌デビュー。

・1965年には 『テレビくん』 で講談社児童漫画賞を受賞。

・『悪魔くん』 や 『ゲゲゲの鬼太郎』、『河童の三平』 など主に妖怪に関する漫画を発表し、妖怪漫画の第一人者となる。 いまなお現役。


赤ん坊時代の 「水木しげる」 は自分の名前を正確に発声できず、「ゲゲ」 と言っていたため、それがあだ名となってしまった。 水木のその あだ名は、後の代表作である 『ゲゲゲの鬼太郎』 のタイトルの原点となったと語っている。

それにしても、「水木しげる」 の経歴は、とても漫画的である。

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by tetsuyak04 | 2007-03-14 15:04 | 大人の童話
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