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『冬の時代』 の心構え


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運とか不運とかいうものは、或る日突然、怒涛のごとくやってくる。

思いも寄らぬ幸運ならば、クリスチャンでなくたって
「神様、どうもありがとさん。 アーメン!」 (とは、言わないか?)
それでも、一応、感謝はしますよね。

しかし、それが不運としか言いようのない “不運” または “不幸” だった場合、
クリスチャンであるならば、たとえそれが耐え難く、また忍び難い苦しみであっても
きっと、神様が下さった試練という名の賜物なのだとして、感謝すべきことなのでしょう。






だが、しかし、実際問題として…
まだまだ信仰の薄い愚かな我が身に突如降りかかった “不運” には、
はっきり言って、またかよ~と焦ります。 悲嘆に暮れます。 生身の人間ですから。

昨年暮れのことですが、
ある事件によって、アタシに新たな “転機” が訪れました。

新しい年に向かって蓄積してきた知識や努力も、実現可能なビジョンさえも
軽く薄っぺらな思考から弾き出された瑣末な判断によって、一気になぎ倒されてしまいました。

生活を支えるための金に困るのが目に見えているとしても
トマトをメロンに見せようとするような不可解なパワハラ…というか、あまりにもお粗末な判断に対し、
じっと我慢するような忍耐など、幸か不幸か、アタシには備わっておりませんでした。

アタシ、きっぱり身を引く道を選びました。

素直な感情として 「ちょっと待てよ、この野朗!」 と
少しは怒った方がいいのだろうけれど、それはアタシの生き方ではありませんでした。

いい加減に生きてきたわけではありませんから、それなりの自信と冷静さの中で
思考の連鎖を組み替える作業を今も続けています。 が、
自分の生活が何かごまかされているような、押し流されているような感じがして
正直、ひどく恐ろしくも感じます。 

『わだしが死んで、一人とぼとぼ歩いていくんだども、なんも淋しくないのね。
イエスさまの手さつかまって、イエスさまと一緒に、天の国さ行くからね。』


というような、三浦綾子の小説に出てくるそんな心境にはまだまだなれません。

今回の事件がトラウマにならぬようにと気分を変えて
浅田次郎の 「勝負の極意」 という文庫本をツラツラ眺めていました。

『人生の成功者の経験談を見聞きしていると、必ず共通しているのが、
いちどハネたあとにやってくる 「冬の時代」 で、この挫折を克服した者が真の成功をかちうる
という図式がある。
彼らは 「冬の時代」 には決してジタバタしない。 もちろんジタバタさえもできぬ場合もある。 
この時期に観察の努力を怠らない者だけが、最後に笑うのである。』


それにしても、私の場合、なんとこの 「冬の時代」 がきっちり毎年来るんでしょか?
観察の努力がまだまだ足りない!っつうことなんでしょうけど、何か勝手に笑っちゃいます!


なんだか締りのない話しになってしまいましたが、まだ一年が始まったばかりです。 

いいのか悪いのかわかりませんが、
ああだこうだと嘆くより、
つぎにやってくるバスを静かに待つように
時に適って神様の与えてくださる最善の道を
観察の努力を怠らないで
心を静めて、祈り求めているところです。

だって、アタシ…クリスチャンだから。。。 

冬来たりなば、春遠からじ!

The greatest enemy of man is PC- holic. 
But, The Bible tells us to love our enemy. Click please
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by tetsuyak04 | 2007-01-11 05:35 | 武道・合気道・心の稽古
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