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山谷ブルース と 丹下健三


建築家の巨星が逝った・・・。

アタシもかつては建築の世界でメシを食っていた建築馬鹿の一人であります。
また、賛否両論渦巻く 「東京新都庁舎」 の建築に僅かながらも関わった者の一人として、
建築世界での丹下健三の功績には敬意を払う。

アタシがまだ若かりし時代・・・「オラも東京さ行くだ!」と、北の大地を飛び出して、ひとまず落ち着いた先が東京は台東区東上野の稲荷町。 つい最近、落語家の林家こぶ平改め九代目、林家正蔵が襲名披露を
したばかりだが、その祖父の七代目林家正蔵の住む長屋のお隣だった。 

アタシはそこから東京下町の人情・風情に染まっていくことになりました。 御近所のテキヤの親分や兄さん達が、貧乏学生の自分をなぜか可愛がってくれました。 銭湯の一番風呂に誘ってくれたり、ほうずき市や朝顔市の手伝いを愉しんだり、(全身彫り物だらけの兄さんら、ホント優しかった…)、浅草寺から浅草のロック座や場外馬券売り場で時間をつぶしたりしてた頃、すぐ側には…日の当たらぬ生活に明け暮れていた労働者の町 「山谷」 があった。

浅草から花川戸、今戸をぬけ南千住に向かう道筋をたどっていくと、日本経済を最底辺で支える日雇い
労働者の街 「山谷」 がある。 1960年代後半、岡林信康はそんな 「東京の裏町」 に生きる労働者の姿を
歌にした…「山谷ブルース」 だ。

人は山谷を悪く言う
だけどおれ達いなくなりゃ
ビルもビルも道路も出来やしねえ
誰も分かっちゃくれねえが

建築馬鹿の矢田洋がかつて “建築をやめたい人へ” と題して建築馬鹿選集のプロローグに
こう書いている。

誰が建築をつくる? 建築家だ、と断言するのは自惚れにすぎる。
建築主だ、といえばお世辞がすぎる。 施工者だ、職人だ、では簡単すぎて問題がぼける。 
「造る」 と 「創る」 では答えが違う。 合わせて 「創造」 という。  

建築は誰が創る? それは建物を使う者だ、と言ったこともある。  
すべて一緒になってでかしたのだ、というのがスマートな答えだ。 

「建物」 と 「建築」、また意味が違う。 建物のどの部分を指してもそれは 「材料」 の構成にすぎない。 
建材の組み合わされた 「もの」 が建物であり、組み合わせる 「こと」 が建築なのだ
……と。

あれから何十年たったんだろう!?  アタシは香港に流れ着いていくつかの建築に携わり、
幸運にも世界標準のものの見方やあるいは偏見を見聞きしてきました。

かつて「山谷」でみた路上に座して酒を飲みながら名もなき人々が互いに誇りを持って、語り、怒り、笑い、共感する風景。 そこには、希望と限りない可能性と豊かな人間性が溢れていたような気がします…。

いまや路上生活者の存在が社会問題にまでなっているニッポン。 

建築家、丹下健三は世界建築界の巨匠として名声を博して時代の代表作を世に残したが、
発展神話が崩壊しかけている現代の建築や都市の裏側には、戦後日本の成長とともに、それを
支えてきた数多くの名もなき労働者のそれぞれの人生が存在していたんだ!という、
そうことの方に今、アタシは熱い想いを馳せている…。  

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 (2007年 3月15日)
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by tetsuyak04 | 2005-03-23 23:34 | 徒然なるままに戯言を | Comments(0)
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